Uターン後の田舎生活をつらつらと綴る報告書
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2017年08月05日 (土) | 編集 |
くんちは唐津神社の秋季例大祭です。

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実際のお祭りも見たことはありません。
このチャンスに、実際に曳山を見たかったのです。
奉納された順に全14台を見て回ります。

一番曳山「赤獅子」(刀町1819)、二番曳山「青獅子」(中町1824)
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三番曳山「亀と浦島太郎」(材木町1841)、絵図
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絵図には亀の上に玉が載せられています。
当初の宝珠から、時の城主の着物を頂いて浦島太郎へと変わったようです。

四番曳山「源義経の兜」(呉服町1844)、五番曳山「鯛」(魚屋町1845)
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当初は「兜」だけだったのに、別の「兜」が続々出て来たので、
名前負けしないように、強引に義経の名前を付けたようです。

ん?ない…修理中です。
奥様が、ガイドの人に修理中の「金魚」は見れるのかを聞くと、
金魚、鯉、・・・いろいろ言われますが、献上する「鯛」なのです。
歩いて2~3分くらいの近いところで、三枚に下ろされた「鯛」が見れますとのこと。

ガイドさんは実際に「鯛」を曳いているそうです。
笛も吹いたりして盛り上げてくれます。
有料オプションツアーのガイドさんであり、私たちは無料で便乗させてもらいました。

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この日は暑くて…
それでも歩いて捌かれた「鯛」を見てきました。
確かに「金魚」です。

六番曳山「鳳凰丸」(大石町1846)、七番曳山「飛龍」(新町1846)
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いくつかの曳山は国内外のイベントに出されるそうです。
韓国にも香港にもParisにも、そして、紅白歌合戦にも、
ただ、戻ってくると大変なことになっているそうです。
それを修復するのがどれだけ大変か・・・

この飛龍もその一つ。
修復を進めたものの予算は尾の分しか出なかったそうです。

八番曳山「金獅子」(本町1847)、九番曳山「武田信玄の兜」(木綿町1864)
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十番曳山「上杉謙信の兜」(平野町1869)、
十一番曳山「酒吞童子と源頼光の兜」(木綿町1869)
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ここから明治の作となります。

十二番曳山「珠取獅子」(京町1875)、十三番曳山「鯱」(水主町1876)
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廃藩置県により、城だけでなく城門も取り壊されました。
曳山は門をくぐれる大きさという制限がありましたが、次第に大型化されていきます。

十三番曳山「七宝丸」(江川町1876)、もう一つの曳山「黒獅子」(紺屋町)
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焼失した曳山があるそうです。
京都の祇園祭の山車も復活されたりしています。
また、いつの時期に見ることができるのかもしれません。

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